油彩画の古典技法の一つグリザイユ・・・
皆さんは聞いたことがありますか?
このグリザイユ画の技法は、現在の画家たちのあいだでも議論が絶えない画法です。
その画法というのは、白と黒だけを使って下描きをした絵に、薄い色彩をグレーズ(透明な色を薄く塗る方法)し着色する技法です。
何度も重ねて完成させるという、デリケートな画法ですね。
ですが、実はこの技法で描かれた絵画は、それほど存在していません。
ここでは、その謎を僕なりの考えで、解いていきたいと思います。
なぜグリザイユ画が注目されたのか?
油彩画の古典技法の描き方
油彩画の古典技法は、15世紀にフランドル(現在のベルギー)で開発されました。
油を使う技法は13世紀からあったようですが、改良が進み頑丈で美しい画面を作るのに成功して発展を遂げました。
初期の絵の具はわりと薄いものといわれてきましたが、最近の研究結果では思っていたよりかは薄くないとのこと。
(おつゆではなかった)
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/FB_IMG_1538718476364.jpg?resize=493%2C700&ssl=1)
チューブ絵の具の出現
20世紀になると、画家たちの絵の描き方は自由奔放になり、一般の人でも描けるようになりました。
それは、チューブ絵の具の普及で、野外制作ブームが起きます。
印象派の出現で、さらに素人画家が増える。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2018/09/20180926_132615-e1537940609874-525x700.jpg?resize=525%2C700&ssl=1)
伝統を重んじた絵画研究者たち
絵具の産業化が進むと、今までの伝統が途絶えてしまい、古典的な手法で絵を描く人がほぼいなくなってしまいました。
そこで、絵画研究者たちは、古代の絵の伝統を伝えたいがために、独自の研究を重ねたその時、どのような工程で作品が描かれたのかを分析することになったのです。
それ以前にも、19世紀の画家たちが古代のあらゆる資料をもとに、グリザイユ技法で制作した画家たちがいました。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2018/09/668px-Pierre-Paul_Prudhon_001.jpg?resize=520%2C700&ssl=1)
研究者たちは、画家たちの絵を参考にそのルーツを探したと思われますが、なかなか探せなかったようです。
そこで、たまたまグレーの下地が見える絵画を発見したことと、古代の歴史の資料を基にして、ある学者たちがグリザイユがあったという結論を出したのです。
その書物は、ヨーロッパ中に広がって話題となり、そのような技法があったのだと信じてきたました。
巨匠たちの技法
ヤン・ファン・エイクの下地
ヤン・ファン・エイクの画面の美しさは油絵の歴史史上最高の美しさを誇っています。
宝石のように美しい色彩は、現在でも変わることなく我々を感動させてくれます。
ヤン・ファン・エイクの絵の美しさを考えると、下地がグレー系であったとは到底考えられません。
彼の下地は、淡いホワイトで作られています。
バーントアンバー、ブラックで形を描き空からブルーで着彩しています。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2018/11/509px-Jan_van_Eyck_011.jpg?resize=396%2C700&ssl=1)
この方法は、グレーではありませんね。
影をあまりつけない手法です。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2018/11/Jan_van_Eyck_-_Small_Triptych_outer_panels_-_WGA07615.jpg?resize=402%2C700&ssl=1)
他にも、祭壇画の外側の彫刻を描いていても、上の絵と色が近い茶系です。
レオナルド・ダ・ヴィンチの下地
レオナルドも描きかけの作品があります。
彼の手法は、イエローオーカーにブラック、アンバー、ブルーを使っています。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/689px-Leonardo_san_girolamo.jpg?resize=536%2C700&ssl=1)
レオナルドの作品は、神秘的な特徴があり、イエローとブラックが中心になっていて、この上から絵の具をのせていくのだと自然に想像できます。
背景から描き中心人物を、明確にデッサンしていくのでしょう。
ですが、レオナルドの作品にも1点だけ例外の作品があります。
それは、ロンドンにある「岩窟の聖母」です。
この作品はパリのルーブルにも原作がありますが、ロンドンの絵と色彩が違います。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/584px-Leonardo_da_Vinci_Virgin_of_the_Rocks_National_Gallery_London.jpg?resize=454%2C700&ssl=1)
ロンドンの「岩窟の聖母」
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/562px-Virgin_of_the_Rocks_Louvre.jpg?resize=438%2C700&ssl=1)
パリの「岩窟の聖母」
このロンドンの「岩窟の聖母」はレオナルドと弟子との合作だと考えられています。
この作品の人物は、冷たいグレーがかった色彩で描かれている。
マリアと天使の顔は、明らかにレオナルドが描いた部分でしょう。
★なぜ人物の色を変える必要があったのか。
・陰影を強調するために色彩を変えることにした・・・??
・暗闇の中の神秘性を出すためだった・・・・??
・制作を急いでいたので、グリザイユ技法を選んだ・・・・??
・弟子の腕がそれほど良くないので、グレーによる下描きをレオナルドが準備して、グリザイユのような塗り絵式の方法を考えだした・・・??
もう一つは、ミラノ時代のレオナルドの教え子のプレディスが描いた天使です。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/a294cd8b9c4c984dc0ba63da68a5214e.jpg?resize=360%2C700&ssl=1)
プレディスの描いたこの絵も、同じような手法で描かれているかもしれません。
実物を見てみないと何ともいえませんが・・・
残念ながら、レオナルドの弟子たちには優秀な人がいませんでした。
このグレーがかった人物を見ると、グリザイユという技法もあったのかとも思えますね。
エル・グレコのグレー
スペインの画家エル・グレコもグレーの人物を描いています。
彼の場合は、神秘性を出すための物なので、グリザイユが関係しているのかはわかりません。
明らかに、下地はグレーです。
グレコの作品は、上塗りは薄いので、下地がよく見えます。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2018/08/499px-Anunciacion_Prado2.jpg?resize=388%2C700&ssl=1)
グレコとブロンズィーノのようなルネサンスの終わり、マニエリズム時代にグリザイユを使う画家が多かったのかもしれません。
グレコの技法がグリザイユなのかは不明ですが、下地にバーントアンバー、上塗りにピーチブラックとホワイトを使っていたことは確認できます。
ティッティアーノの下地
ティッティアーノの下地は主にホワイトに少しローアンバーを入れた色を使っています。
また、ホワイトのみの場合もあるようです。
画家は、毎日同じ方法で描くとは限りませんよね。
僕でも、いろんな方法で描いていますし。
下地が白に近いというのは、フランドル絵画と同じく仕上りが明るい画面を目指していたことになります。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/XYG2E7YEKixhsfkEQz6EbepnsD8dK8nD9lfqNAuSAo3ilnTiciCbZEHv9d7na2Ac1.jpg?resize=700%2C426&ssl=1)
僕は、実際ティッティアーノの絵は実物を見て観察してきました。
ティッティアーノ絵にはグレーは使われておらず、濃いめのローアンバーが多く使われていました。
ヴァン・ダイクブラウンのようにも見えましたが。
人物は、あきらかにモデルを使って、一気に描き込んで行くようなタッチが目立ちました。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/XYG2E7YEKixhsfkEQz6EbepnsD8dK8nD9lfqNAuSAo3ilnTiciCbZEHv9d7na2Ac1-2.jpg?resize=452%2C386&ssl=1)
彼は大まかな形をローアンバーの輪郭か、白っぽい輪郭で大きな形を作っていくという方法です。
きっちりと、グリザイユという方法で描く画家ではありません。
このことからグリザイユ技法は、ヴェネツィア派の巨匠たちには当てはまらない。
ルーベンスの下地
ルーベンス下地は主に白いキャンバスにイエローオーカーか、バーントシェンナ、バーントアンバーなどと、ホワイトをまぜた色をベースに描いています。
ルーべンスのこの技法は、ヤン・ファン・エイクの方法とほぼ同じで、フランドル絵画伝統に忠実です。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/734px-MariadeMedici.jpg?resize=570%2C700&ssl=1)
この肖像画で、バックは下地のアンバー色のまま残されています。
制作途中の、ルーベンスの手法がはっきりとわかる。
バックには、カーテンがありホワイトを使い表現していますね。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/De_roof_van_de_Sabijnse_maagden_Rubens.jpg?resize=640%2C412&ssl=1)
ルーベンスの絵画でも、下地にグレーは使われていません。
ルーベンスは人物の影の部分に、グレーのようなブルーを使って血色を表現する手法は使います。
ヴァン・ダイクによる証明
下絵としてのグリザイユ
僕はヴァン・ダイクの作品を見ていて思うことがありました。
彼は美術史上最高の肖像画家です。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/469e120cbae5fbe1fda1e7db56f5e44d.jpg?resize=261%2C405&ssl=1)
肖像画は、モデルの正確な情報をもとに制作されています。
ヴァン・ダイクの時代には写真などあませんので、素描やデッサンを元にします。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/4393a0d3579309887a14853e38aa6257.jpg?resize=265%2C399&ssl=1)
もちろん素描やスケッチを元に、それ以前から肖像画は描かれてきましてが、ヴァン・ダイクの手法はもう少し徹底していました。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/bb9557396ac78a42a992f4f668a79d4e.jpg?resize=290%2C488&ssl=1)
彼の手法は、オイルスケッチをモノトーンで行い、その下絵を元にアトリエで作品を制作したと思われます。
この工程を徹底的にすることで、多くの制作依頼をこなすことを可能にしてきたのです。
銅版画にするためのモノトーン画
銅版画を制作するための下絵として、描かれたことのわかっています。
ヴァン・ダイクが描いた絵を元に、版画工房で制作される銅版画のための絵のため、着彩する必要がなかったと考えられます。
ヴァン・ダイクの正確な肖像画が必用だったのでしょう。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/2093c7e1781fd066ed489ca01d3d6548.jpg?resize=290%2C452&ssl=1)
デッサン力は元より、モデルの魅力を最大限に表現できていることには驚かされます。
並の画家の手になるものとは、明らかな違いがはっきりと見えます。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/bed1907db7c668b20be156379975245f.jpg?resize=290%2C434&ssl=1)
グリザイユ画を元にメイン作品を制作したかも
ヴァン・ダイクが依頼者の屋敷で制作することは、あまりなかったようです。
国王と王妃は例外ですが、彼はほとんどアトリエで絵を完成させています。
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ここで見る限り、モノトーンの絵の色彩は、ブラック、ホワイト、アンバー系の色で、グリザイユ画に近い感じですね。
これを見た、研究者たちは、「下絵」と思わずに「下描き」と勘違いしたのではないでしょうか?!
これは参考にするためのスケッチです。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/d6e5edd2924def6cc031848982ca475f.jpg?resize=569%2C700&ssl=1)
ヴァン・ダイクにとっては、このような絵は現代の写真のような、大切な資料だったと思います。
この絵のうえから描くなど、考えなかったことでしょう。
天才には不要な工程作業
ヴァン・ダイクほどの腕前を持つ巨匠は、ほぼ制作で一気にプリマ(画面上で乾かないうちに一気に描く手法)で描く事が多かったようです。
ある程度の下絵を何枚か描き、本画作品を画面中心から仕上げて描いて行く感じです。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/d88c2a7f9d5ed4cbdb11898c9196c5c8.jpg?resize=537%2C700&ssl=1)
このような感じで、輪郭をアタリだけ描き一気に仕上げていくのです。
天才なので、グリザイユのような不要な工程作業をわざわざすることもない。
ヴァン・ダイクの時代には、下絵をがっちりする手法は古い方法と考えられていたということですね。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/27a7546613955d27b9c8a52d90df2eed.jpg?resize=478%2C224&ssl=1)
また、ルーべンスにも言えますが、ヴァン・ダイクの人物のグレーがかった色彩は、下絵の色ではなく上から乗せた色です。
写真ではわかりずらいのですが、グレーやブルーのような西洋人特有の血色が、グリザイユ画法との関係をより複雑にしている。
![](https://i0.wp.com/taesunworld.com/wp-content/uploads/2019/01/FB_IMG_1539833590314.jpg?resize=400%2C700&ssl=1)
まとめ
僕の観察の結果ですが、グリザイユ画というのは、「下絵」として描かれていた絵の事だと考えられます。
たまたま、「岩窟の聖母」のような例外もありますが、あったとしてもルネサンス時代だけではないでしょうか。
当時、下絵の顔料は、その土地で出土する土がほとんど使われていました。
また、オイルも土地でとれるものを使っていますので、わざわざ他の顔料を使う意味もありません。
下地は、安い顔料を使うのがあたりまえ。(黒も安いですが)
と、いうことで、古典を研究していた人たちの勘違いではないでしょうか。(勝手のな解釈)
これを読んでくれたあなたはどう思いますか?
グリザイユ画法で絵を描いている作家も多いので、僕は現代の技法として取り入れて描くのもいいと思います。
機会があれば、グリザイユ画に挑戦してみてください。
・絵が上手い人たちは、学んだことを時間をかけて実行している!!!