「デフォルメ」と「造形美」の歴史

絵画と彫刻によるデフォルメは、その時代、時代で議論されてきました。

造形美に必要なデフォルメは、現実の通りではなくて画家の感情と

思想によって自然に生み出されていきます。

正確さに厳しい時代ですら、その作品に画家の考えによる造形美が求められてきました。

造形美にはなぜデフォルメが必要なのか?

人々は造形美に何を求めていたのかを考えてみましょう。

 

古代彫刻の造形

古代エジプト美術

国や文明によって違いがあり、当時は造形にルールがありました。

古代エジプト美術は特にそのルールが厳しく受け継がれ2500年もの間

そのスタイルを崩すことはありませんでした。

単純化された大きな面による造形は、不要なものは全て排除しています。

彼らに必要だったのは、王や神の威厳のみなので、

とてつもないインパクトだけにすべてを注いでいたのです。

 

古代ギリシャ美術

ギリシャ美術は地中海で大きな発展を遂げて、

神の住む国アテネを中心に栄えました。

神殿や神々の彫刻はそれまでの単純なエジプト的な

直立の形から動きあるものとなっていきます。

ギリシャ人たちは人間をただ作るのではなく、

神に近い完全な美を目指していきます。

そして人類史上最高の「美の黄金比」を生み出します。

 

古代ローマ美術

地中海を手に入れたローマ帝国は、

ギリシャ美術をも自分たちの文化に取り入れていきます。

ローマ帝国は大いに繁栄してその文化水準はひじょうに高くなり、

市民の暮らしのなかに絵画と彫刻と工芸が自然に溶け込むほど

豊かな暮らしを目指すようになります。

そのため、肖像彫刻の人気が出始めると神々だけでなく、

現実のリアルな造形も多く求められるようになっていきます。

特にローマ皇帝の彫刻は古代の神々に代わり多く制作されていき、

数十メートルもの巨大なものまで制作されている。

 

正確な描写とデフォルメ

古代ギリシャ彫刻に比べると、ローマ彫刻は写実的になっていきます。

ギリシャの造形美に習いつつも、彼らは現実の人物に興味を抱き始めたからです。

ローマ帝国ではローマの神とギリシャの神の両方を崇めていましたが、

帝政ローマ(共和政も含む)では、政治を重視していたため、

皇帝の力を誇示するため、写実的な肖像彫刻を多く制作していきます。

ローマではコンスタンティヌス帝の巨大彫刻の頭部が発見されています。

この時代では、デフォルメよりも写実的正確さに重点を置き始めている。

 

デフォルメされてきた名画

中世のキリスト教時代

ローマ帝国滅亡後、暗黒の中世の時代になります。

秩序は乱れ、ギリシャ、ローマの高度な文化は失われていき、

この時代、貧しい民の救いとなったのはキリスト教だけでした。

ローマ帝国の高い文化と芸術の技術を受け継ぐことができなかった

中世の人たちの文化は、原始的な水準におちいります。

信じられないことにこの時代になると、

ローマ人は土木工事やアーチすら作れないレベルになっていたのです。

彼らは一から絵画を描くところから始めなければいけませんでした。

そして平面のキリスト教絵画から描くことになります。

 

ルネッサンス時代

長く暗い時代を乗り越えると、彼らの遺伝子はさらなる新しい文化を花開かせます。

それが15世紀のフィレンツェ・ルネッサンス時代です。

芸術の都フィレンツェでは、若い芸術家が競って活躍していました。

彼らは古代ローマ遺跡と彫刻から学び、それを復活させる力をつけていきます。

特にこの時代、才能ある芸術家に恵まれていて、

奇跡ともいえる天才たちが現れます。

マザッチオボッティチェリレオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロラファエロ

彼らは、古代の天才の生まれ変わりと称されるほどの才能ある芸術家たちでした。

その造形は完璧であり、現実を超える美の頂点にまで上り詰めます。

この時代には遠近法が生み出され、より絵画の奥行きと現実性に踏み込んでいく時代っでした。

視覚的な遠近空間は科学的に研究されていき、解剖学や自然科学にまでその成果は表れていきます。

歴史画、宗教画、神話画、肖像画が主に数多くが描かれましたが、彼らはそれをただ単に描くのではなく、

古代ギリシャやローマの技術を取り込んで、人物のデフォルメによってより精神的な要素を素直に表し出していきます。

彼らはしだいに測ることをせず、次第に画家の目を重視した表現に転じていきました。

ヒューマニズム(人文主義、精神の解放)の時代になり、さらに芸術は進歩していきます。

 

バロック時代

ルネッサンス時代は、調和と均整を目指したならば、

バロックはいびつで流動的な現実離れしたリアリティある表現を目指した。

それには宗教改革に対する、カトリック教会側の説得ある表現手段でした。

芸術家たちは、自分たちをバロックだとは思ってなく、あくまでも古典主義だと思っていたことでしょう。

バロックとは、あくまでも歴史的解釈であり、彼らの芸術はミケランジェロから始まったといえます。

よりリアリズムであり、より自由な表現を目指したその造形は、

画面全体を劇的に表現するため強烈なデフォルメを用いた。

 

ロココ時代

バロック時代からロココ時代になっていくと、教会の力は衰え始めます。

そしてヨーロッパ文化の中心はイタリアからフランスに移行していきました。

バロックの豪華絢爛な美術から生まれたロココ美術は、繊細で優美なことから宮廷で大いにもてはやされ、

フランス革命まで続きます。

バロック美術のリアリティある表現は次第に失われ、バロックの黒が消えてパステルカラーが大流行し始めます。

リアリズム的な表現は省かれていき現実味がなく、ロココではより軽い人形のように

デフォルメされた人物が描かれるようになっていきます。

 

近代のデフォルメ

新古典主義時代

ナポレオン帝政時代に入ると、ロココの装飾様式を否定して新たな様式が求められるようになります。

古代ギリシャ、ローマの古典様式を写実的に描写することを基本とし、

ルネッサンスのラファエロ、ブロンズィーノを理想の手本とします。

バロック時代の画家たちは、自分たちは古典主義と思って生きていましたが、

18世紀の新古典主義のアカデミーでは、バロックとロココ美術の装飾を

排除した形式的な美を古典主義に求めました。

特にアングルは古代ギリシャに忠実な、デフォルメを用いた解剖学的に不可能な美を描いています。

 

ロマン派と19世紀絵画

古典主義と対等な美を勝ちとったロマン派絵画は、

感受性を重視した歴史観ある物語を題材にしたものが多く描かれていきます。

感受性に身を任せた筆遣いや色彩によって、現実にはあり得ない憧憬が重なる作品が目立ち始める。

その反動もあり、若い世代はさらに写実主義に転じる傾向が生まれ、

日常の現実的な光の効果で今までにない明るい色彩の作品を描き出します。

その流れで印象派も誕生し、彼らは革新的な造形美を目指してどんどん自由に人物だけでなく、あらゆるものを

自由な眼でデフォルメした。

 

20世紀絵画

後期印象派、キュビズム、フォービスム、シュルリアリズム、など何十種類もの美術思想運動が注目されると、

その造形は平面と立体を組み合わせた世界を画面いっぱいに描き出していきます。

画家は科学と絵画が結合した近代的な造形美を沢山生み出しますが、

そのデフォルメされた作品は、もはや古代の教えとはかけ離れたものになっていきます。

人間の脳裏にある夢と理論が形になり、最終的にその姿は消えていきました。

主に形はいびつにデフォルメ重視のものになり、観る人に不思議な感情を抱かせるものとなります。

 

デフォルメによる制作

現代の造形美は写真と映像の影響が大きくなり、現実的なライトによる光線、

またはレンズによる光を描く時代となりました。

20世紀絵画の影響もまだ残っていることもあり、写実的リアリズムと同時に

デフォルメされたフラットな造形や線を重視した表現などもよく使われています。

自由な色彩を使える現代では、感情表現が弱い写真を使ったフラットな形を多く用いますが、

これからは、ソーシャルテクノロジーの時代であり、絵には人間的な感情ある表現に注目が集まるようになります。

テーマによるあらゆる形式を組み合わせた造形は、新たな時代の造形美が創造されていくと期待されている。

 

まとめ

かつて晩年のミケランジェロは「絵画でもけっして寸法を測ったりはしない。

寸法を測る人はみな愚かであり、不幸だ」といった記述があります。

これは、模倣よりも想像に、自然の客観的な再現よりも「目が判断する」主観性に、

マニエリストの内的デザインに重きを置くミケランジェロ芸術の制作態度を意味しています。

またミケランジェロは「目にコンパスを持つべきだ」と言っています。

「なぜなら手は作業するもので、眼が判断するからである」と述べている。

このように芸術家に最も大切な造形美は、画家の内的感情による

デフォルメによってなされるものだと教えています。

・自分用の制作マニュアルを持とう!

・絵画の実力は実践によってしか身につかない

・「ヴァン・ダイク展」 初めて見る西洋絵画

・片目が見えない画家の今は…

・「絵」のひらめきにつながるサイン

・コレクターがアートを買う理由

・シルベスター・スタローン絵を愛するスーパースター

・ラファエロの最高傑作「小椅子の聖母」

・初心者が画家を目指すための基本4つ紹介

・「ルーベンス」 バロック絵画の巨匠その栄光に満ちた生涯

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画家活動をしています。西洋絵画を専門としていますが、東洋美術や歴史、文化が大好きです。 現在は、独学で絵を学ぶ人と、絵画コレクター、絵画と芸術を愛する人のためのブログを書いています。 頑張ってブログ更新していますので、「友達はスフィンクス」をよろしくお願いします。