ダリの傑作「レダ・アトミカ」

聖母のように微笑み、誘うように白鳥の首を抱き寄せる女性。

白鳥は大きく羽を広げ、愛に満ちた瞳で女性に寄り添う・・・

互いに触れ合うことなく、全てが微妙にバランスを保ちながら、浮かんでいる幻想的な一枚の絵。

スペインが生んだ20世紀の鬼才サルバドール・ダリが45歳で描いた「レダ・アトミカ」。

この絵のモチーフは、ギリシャ神話の「レダと白鳥」で、レダはスパルタ王チュンダレオスの妻で絶世の美女でした。

このレダに恋した全能の神ゼウスは、白鳥に姿を変えて、川辺にいたレダに近づき一夜を共にします。

巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチをはじめティントレットなど、ルネサンス期の画家が好んで好んで描いた、この古典的題材を、ダリは最愛の妻ガラをモデルに独特の幻想的イメージで表現しました。

 

鬼才ダリが名画に込めた神話と科学

1920年代パリで超現実主義者と呼ばれたシュルリアリズム運動は、文学、美術、演劇、思想とあらゆるジャンルに影響を与えたこの芸術運動は、19世紀末から20世紀にかけて活躍したオーストリアの精神分析学者フロイトの研究に影響されて、人間の潜在意識下にある無意識の欲望や夢の表現をするこの運動に若きダリも参加し、シュルリアリズムの旗手として活躍しました。

1945年ヨーロッパの戦禍を逃れアメリカに渡っていたダリに、広島で炸裂した原爆のニュースが伝わってきました。

すべてを一瞬に破壊する原子力の脅威、そして訪れる詩の世界は、ダリに人智を超えた神の存在を思い起こさせたのでしょうか。

ダリは原爆から4年後の1949年、物質中で互いに触れ合うことなく浮かぶ原子核構造理論をもとに、神話を主題とした「レダ・アトミカ」を完成させます。

最新物理学と古典への回帰が結合した1枚の名画。

タイトルのアトミカは原子を意味することからも、画家は原爆が落ちた後に訪れる、静粛の世界を描こうとしたことが推測される。

画家としての転換期を迎えたダリの記念碑的な作品と言えるこの作品は、終生彼の手元に置かれ、画家の手によってダリ美術館に展示されています。

 

科学の衝撃と原子の神秘と「レダ・アトミカ」

ダリの旺盛な好奇心は、核兵器を生んだ最新科学、中でも原子物理学へと向けられました。

物質と構成する原子の存在とヨーロッパ社会の根底に流れる宗教観。

ダリは最新科学と宗教の融合を試みます。

原子を構成する陽子と中性子は互いに触れ合うことなくバランスを保っているという理論は、ダリにとって浮いている状態としてキャンバスに描かれました。

「レダ・アトミカ」は、そんな画家の新たな絵画世界の出発点を示す重要な作品なのです。

 

ダリのシュルリアリズムとの決別

1920年のシュルリアリズム運動で、ダリは彼らの固定観念を打ち破る自由な発想に共鳴し、心の奥底に潜む欲望や不安を暴き出すことに熱中しました。

1938年、34歳のダリは敬愛するフロイトを亡命先のロンドンに訪れます。

 

意気盛んな青年画家にフロイトは、シュルリアリズムは「描く」という行為によって「意識」して「無意識」の世界を表現しようとしている。と指摘します。

この言葉はダリが、シュルリアリズム運動と、決別するきっかけになりまいた。

後にダリはイタリアで見た、ダ・ヴィンチなどのルネサンス期の古典絵画にインスピレーションを受けます。

ダリの芸術に古典回帰と最新科学の結晶である原子物理学が融合して、この一枚の名画「レダ・アトミカ」は誕生しました。

 

「レダ・アトミカ」描かれた愛の神話

第二次世界大戦後、古典や宗教的な世界へと心酔いしていったダリにとって、神話や聖書の世界は格好のモチーフとなり、「レダ・アトミカ」の主題も、ルネサンス期より繰り返し描かれたギリシャ神話のお話です。

ダリはこの一枚の絵に、自分と最愛の妻ガラとの関係を重ね合わせたのかもしれません。

ダリと恋に落ちたときのガラは、詩人ポール・エリアールの妻であったからです。

画面中央で聖母のごとくゆったりとほほ笑むレダには、一点の汚れも憂いも感じません。

この一枚の絵は、ダリの古典回帰への幕開けとなった作品であると同時に、最愛の妻ガラに捧げられた愛の記念碑であるといえます。

 

「レダ・アトミカ」は歴史上どんな意味を持つのか

ダリはシュルリアリズムの鬼才として出発し、その素晴らしい技巧と奇抜な着想による作品に加え、奇行とパフォーマンスによってたちまち大変な人気画家になりました。

ピカソ、ミロ、ダリと並び称される20世紀スペインの巨匠のなかで、ベラスケスに始まるスペイン絵画のリアリズムの伝統を、もっとも正統に受け継いだのはダリであるといえるでしょう。

「レダ・アトミカ」は、ダリの古典回帰を示す転換期の重要な作品です。

この作品に表れている幻想的な空間は、技巧家ダリならではのものであり、現在のコンピューターグラフィックによって可能になったヴィジョンを先取りしたものと評価されています。

 

「レダ・アトミカ」は私たちの人生の鍵となるタブローであろう。 サルバドール・ダリ

 

・「フラ・アンジェリコ」ドミニコ会の修道士

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・マネ・「モダンアート」の創始者

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・ボッティチェリの代表作「春」

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画家活動をしています。西洋絵画を専門としていますが、東洋美術や歴史、文化が大好きです。 現在は、独学で絵を学ぶ人と、絵画コレクター、絵画と芸術を愛する人のためのブログを書いています。 頑張ってブログ更新していますので、「友達はスフィンクス」をよろしくお願いします。