ボッティチェリの代表作「春」

ルネサンス期の最高に美しい絵画の一つであると同時に、美術史上最も議論を呼んできた作品でもあるボッティチェリの「春」。

ヴァザーリは、このえの主題を「春(プリマヴェラ)の象徴としてのヴィーナスが、三美神によって花で飾られる」と述べています。

人物たちは左から、神々の使いのメリクリウス、ヴィーナスの侍女の三人の美神、ヴィーナス自身、頭の上のキューピット、花の神フローラ、クロリス(フローラの化身の妖精)、それに西風の神ゼフィロスです。

現代の修復によりこの輝かしい色彩と透明感に満ちた新鮮な姿は、500年以上の時を超えて現在も人々を魅了しています。

 

ヴィーナスが治める春の園に込められた愛の寓意

「春」はルネサンス時代の多作の画家サンドロ・ボッティチェリの代表作の1枚であると同時に、15世紀のフィレンツェにおこったルネサンス美術を象徴する傑作です。

本来は、「ヴィーナスの治国」と呼ばれていたことからも分かるように、中央には古代ギリシャの愛の女神ヴィーナスと、彼女を取り囲むのは8人の神話的人物がいて、キリスト教徒からみればすべて異郷の神々です。

(ボッティチェリの自画像)

中世の厳しい教会の支配から抜け出し、古典文化の再生を目指した新しい文化運動がルネサンスでした。

この絵にはそのルネサンスの精神がはっきりと打ちだされており、当時の人々の自由な思想やデリケートで高度な感性がくみとれます。

 

後援者の結婚記念日作品だった「春」

オレンジと月桂樹の森につどう神々。

これらの登場人物にはどんな役割が振りわけられているのでしょうか。

そして作品そのものは何を語りかけようとしているのでしょう・・・・

「春」の注文主はロレンツィオ・ディ・ピエルフランチェスコ・メディチろれんて(通称ロレンツィーノ)で、豪華王ロレンツィオのまたいとこにあたり、ボッティチェリの強力な後援者でした。

この絵はそのロレンツィーノが1482年に結婚した記念に描かれ、当時ボッティチェリは37歳で芸術的絶頂期にあたっていました。

 

ボッティチェリの寓意画「春」

完成したばかりのこの絵画を見せられたロレンツィーノやとりまきの文化人達は、まず絵の出来栄えに感動し、やがてその意味を語りあったに違いありません。

この時代、そうした寓意画を読み解くことは教養ある一種の知的ゲームでした。

彼らは登場人物の1人1人を解き明かし、その背景に万物が祝福に包まれながら生まれ変わる春という季節を認め、愛がすべてのモチーフをつないでいることに気づきます。

そして結婚への讃歌という寓意を見事に秘めたこの絵に、一同あらためて感心したことでしょう。

(シモネッタ・ヴェスプッチ)

ところで、こんな作品を生んだ当のボッティチェリは、女嫌いで生涯独身。縁談を勧められただけで、夜通しうなされたといいます。

ですが、伝説では、ボッティチェリは貴族のパトロン、シモネッタ・ヴェスプッチに密かな恋を抱き続けていたといいます。

ボッティチェリの「ヴィーナスの誕生」のモデルは、シモネッタに似せて描かれていると言います。

(このシモネッタの絵は日本の企業の金庫室に保管されています)

 

灰になっていたかもしれない名画

「修道院サヴォナローラの教えにより、人々は街の広場にたきぎやまきを積み上げ、裸体を表現した絵画や彫刻を、それがどれほど優れた巨匠の作品であっても焼却した」とヴァザーリが記しています。

豪華王の死後、フィレンツェの政治の実権を握ったサヴォナローラは禁欲的思想を強調し、市民はそれに乗せられて1490年後半、さまざまな芸術作品を火に投げ込み燃やしてしまいます。

この時、裸体に近い異教の神々を描いた、まさに反教会的題材の絵画「春」はどこにあったのでしょうか?

実は高い炎が上がるシニョーリア広場とそう遠くない、ラルガ通りのロレンツィーノの館に「ヴィーナスの誕生」とともに飾られていました。

もしサヴォナローラ支配の時代がもっと長く続いたら、この名画も灰と消え、我々は目にすることができなかったかもしれません。

焼却をまぬがれた「春」は、その後、16世紀前半からフィレンツェ近郊カステッロのロレンツィーノの別荘におかれ、1813年にウフィツィ美術館に入り、一時同じフィレンツェのアカデミア美術館に移されますが、1919年再びウフィツィ美術館へ戻り、以後、この美術館のボッティチェリの部屋で見事に輝いています。

 

「春」に登場する神々

  • ヴィーナス

古代ギリシャ神話の代表的登場人物であるヴィーナスは、愛と美と春を象徴する女神です。

ルネサンス期のネオ・プラトニズムでは、さらに多くの意味を付け加えられ、愛を表すと同時に、人間の美点をすべて兼ね備えた完全なる姿そのものでした。

この絵では、まさに人間的ヴィーナスとして描かれ、花嫁を迎えた注文主ロレンツィーノへ贈るにふさわしい。

これに対し「ヴィーナスの誕生」のヴィーナスは天上的存在であると言われています。

 

  • クピド

クピドつまりキューピットは愛の神です。

ルネサンス以後は愛に関係することを表すために美術作品中にしばしば登場します。

背中に翼が生えていて定番の持ち物は弓矢と弓筒です。

この絵では愛の女神ヴィーナスの頭上を飛びながら、「純潔」の美神に肉体的愛の矢を放つことで結婚をほのめかしています。

燃える愛を示す火の矢は、まだ愛を愛を知らぬ「純潔」の心臓を狙っています。

 

  • 三美神

三美神は古代神話に登場するポピュラーな女神達です。

中央の1人だけ背中を向けているのが典型的な構図で、彼女たちが象徴するのは「美」「純潔」「愛欲」です。

向かって左側の女神は大きく派手なブローチをつけ、髪を乱して衣装もうねっているので「愛欲」。

そして質素な衣装で端整な横顔を見せている中央の女神が「純潔」。

この相対する二人の女神の仲をとりもち、統合させているのが、右の髪を整え小さなブローチをつけた「美」。

彼女は優位を示すように中央のヴィーナスに最も近い位置に立ち、2人の手をとっています。

とくに「愛欲」の手を高くかかげて結婚を暗示し、祝福しています。

 

  • メリクリウス

神々の使者であり案内役のメリクリウスは、このような杖や翼のついたサンダル、帽子を身につけています。

彼には、クピドに恋をした美しいい乙女を、主神ゼウスの命で天上に案内し縁結びをしたと言う伝説があり、通行の安全を保証する杖カドゥケウスを空に向けていることから、理性を持って天上の美や愛に憧れる人間の魂を象徴すると同時に、結婚の先導者という役も演じています。

 

  • フローラ

彼女は古代イタリアの花の女神、フローラ。

ローマの詩人オウディウスの詩「行事暦」に「私は昔クロリスであったが、今はフローラと呼ばれている」と、あることから、絵の二人は同一人物。

さらによく見ると衣装の花は隣のクロリスの口から続いていることに気づきます。

フローラは処女クロリスが西風と結婚し、成熟した女性に変身した後の姿なのです。

 

  • クロリス

振り返りながらゼフィロスから逃げているのは大地を表すニンフ、クロリスです。

古代ギリシャではクロリスは花の女神で、西風ゼフィロスに犯され、結婚して花々を生んだと言われます。

このクロリスは、今まさにゼフィロスにつかまり花を生み始めています。

しかしその姿は、まだ簡素な衣装の、かたくなな処女の姿で、花嫁に変身する前ということが分かります。

 

  • ゼフィロス

ゼフィロスは西風の神です。

西側に大海を持つ西欧の人々にとって西からの風は春の訪れのしるしでした。

ここでは風の神らしく周囲の木々をざわめかせながら登場しています。

やがて彼の妻になる大地のニンフ、クロリスの体に手をかけ、今にもつかまえようとしています。

ようやく冬が終わり、大地の上に温かい風が吹き始める早春の瞬間を表しています。

 

「春」に描かれた花の図像学

この絵は500もの植物が描かれ、その種類は実に40以上もあります。

しかもすべて春の草花で、それぞれが象徴的な意味を持っているという研究がフィレンツェの研究者ダンコーナー氏によって発表されました。

彼によると、この絵に登場する花々はすべて「愛」や「結婚」に関連する花ことば、象徴的意味をもっています。

例えばカーネーション。

当時の花嫁は、結婚式にこの花を隠し持ち、それを花婿に探させて自分の人体に触れさせるという風習から「結婚の花」という意味。

こんな視点から「春」は結婚を賛美した、愛の名画なのだとわかります。

 

愛の哲学ネオ・プラトニズムを育んだ土台

ルネサンスは都市を中心とした文化運動ですが、その土台は近郊の別荘のサロンで作られました。

最も有名なのが、メディチ家のカレッジの別荘で、豪華王の祖父にあたるコジモ・イル・ヴェッキオは1457年にこの別荘を購入して、プラトン・アカデミーという文化サークルを発足させました。

そしてここを中心に展開されたのがネオ・プラトニズムでした。

中世の時代、人間は神の前に平伏する存在でしたが、この新しい思想では神と人の絶対的区別を取り去り、そして愛を謀体にして人と神の交流目指します。

それはプラトン哲学とキリスト教を統合したものでした。

「春」が置かれていた別荘もこの近くにあり、ネオ・プラトニズムのサロン的役割をしていました。

 

「春」は絵画史上どのような意味を持つのか

ルネサンスに花開いた、ネオ・プラトニズムの思想はボッティチェリの「春」によって実現し、多くの人々がその絵に驚きます。

ルネサンスの新しい思想を描き続けるボッティチェリの作品に、影響を受けた画家たちによってフィレンツェの芸術は崇高なレベルにまで到達しました。

後にその思想は、レオナルド・ダ・ヴィンチミケランジェロラファエロに受け継がれていくのです。

・「ゴヤ」マドリードの聾者

・「ピエロ・デラ・フランチェスカ」 サンセポルクロの高名な息子

・「ボッティチェリ」フィレンツェの偉大な画家

・ボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」3つの秘密

・ベラスケスの名作「青いドレスマルガリータ王女」

・ルノワールの傑作「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」

・カミーユ・コロー「モントフォンティーヌの思い出」を描いた詩的風景画家

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画家活動をしています。西洋絵画を専門としていますが、東洋美術や歴史、文化が大好きです。 現在は、独学で絵を学ぶ人と、絵画コレクター、絵画と芸術を愛する人のためのブログを書いています。 頑張ってブログ更新していますので、「友達はスフィンクス」をよろしくお願いします。