ゴーギャン 「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処に行くのか」

「私は娘を失った。もう神など愛すまい。彼方の彼女の墓、花々。みな見せかけだ。・・・・」

娘アリーヌの訃報を受け取ったタヒチのゴーギャンは、遠くデンマークに住む妻メットにこう書き送った。

ゴーギャンにとってアリーヌは、家族の中で唯一、自分を愛し、理解してくれていると信じた最愛の娘でした。

あまりの悲しみのため、娘の命を奪った神に、挑戦的な微笑みさえ浮かべるゴーギャン。

彼の心と体はその後、絶望という病魔に次第に侵されていく。

 

自殺直前に描き上げた画家の「遺言」

すさんだ心と病気の悪化から、ゴーギャンは絵を描くこともできなくなります。

両足の湿疹、肝臓の劇痛で気を失い、発熱に悩まされる毎日・・・・。

絵の評価も上がらず、健康も取り戻せず、愛する娘も逝った今、ゴーギャンにはひとずじの希望の光も見えない。

ついに死を決意したゴーギャンは、病身をおして6ヶ月ぶりに絵筆をとります。

そして、その遺言として描かれたのがこの大作「我々は何処から来たのか、我々は何者か、我々は何処に行くのか」です。

うちなる宗教世界と、ついにタヒチでも見つけられなかった「楽園」の風景が描かれたこの絵には、アリーヌ復活の願いもまた託されていました。

ゴーギャンは、わずか1ヶ月という短い期間でこの大作を完成させ、海岸が見渡せる丘の上で大量のひ素を飲み込んだ。

しかしくり返す嘔吐で毒素を吐き出し、ゴーギャンは死ぬことすらできなかったのです。

 

絵に託された愛娘アリーヌの復活

この作品は、右から左に物語が流れるように構成されている。

赤子と母親がいる右部は、「我々は何処から来たのか」を、「何者か」にあたるのは、果実をつむ男がいる中央部。

「何処に行くのか」は、老女周辺の左部に表現され、死を意味する老女は輪廻転生し、再び誕生を意味する赤子へつながっていく。

また、ここに描かれているほとんどのモチーフは、以前描いた作品からとられており、画家ゴーギャンの集大成的な1枚ともいえます。

ゴーギャンは、この作品の構成を詳細に友人に手紙で伝えているが、不思議に偶像の右に立つ女性についてだけは説明していません。

しかし、著書「アリーヌのためのノート」の表紙に描かれた娘アリーヌの横顔は、この女性とそっくりです。

ゴーギャンは1897年の年末に、ほぼ1ヶ月という早さでこの大作を描いたが、アリーヌの誕生日が12月25日(キリストの降誕の日)ということから、その復活の日に合わせるために、絵の完成を急いだとも考えられる。

ゴーギャンの自殺は、アリーヌの死が原因といわれることからも、この女性はアリーヌだという説が強い。

この作品を未完成だという評論家もいる。

しかしゴーギャンは「今後、これ以上はもちろん、同等の絵も描くことはできない」と語っています。

22歳で他界した娘アリーヌを、復活と再生の女神ヒナの復活を、心から願ったのではないでしょうか。

 

名画の遍歴、タヒチからパリ、ボストンへ

画家の存命中に、フランスに住むゴーギャンの友人たちは、この作品を1万フランで購入し、フランスのリュクサンブール美術館に寄贈しようという好意的な計画をたていた。

しかし、この作品に興味を示した著名な画商アンブロワーズ・ヴォラールに横やりを入れられ、この計画は実現されませんでした。

そして、ヴォラールはゴーギャンが提示した2000フランという価格を値切り、結局1200フランでこの絵を買い取る。

1898年に開かれたヴォラールの画廊の展覧会では、この作品はかなりの評判をとったが、ゴーギャンはその後、マルキーズ諸島でこの世を去ってしまいます。

その後、印象派の絵画の多くがフランスからアメリカに流出するようになり、この作品もまた、アメリカ人コレクター、ジョン・T・スポールディングの手に渡る。

そして、彼の死に際して、ルノワール、セザンヌ、ゴッホなどの絵画とともに、この名画は現在ボストン美術館に寄贈されています。

 

「我々は何処から来たのか、我々は何者なのか、我々は何処に行くのか」絵画史上どんな意味をもつのか

この絵は、それまでのゴーギャンの芸術の集大成であり、絵画史上重要な作品といわれています。

総合主義、象徴主義の画家ゴーギャンが目指した芸術は、それまでの印象派の絵画が追求していた、見たものを美しく写し取ることではなく、絵の中に自分の思想を盛り込んで描くことでした。

この絵の全体的な構図や、人物などの表現のひとつずつにも、作者自身の思想やテーマが託されています。

そして、それらに支えられることによって、全体の色や形に、美しさや精密さといったものとは違った、ある種の緊張感がみなぎっている。

この絵に対してゴーギャンは、「見れば見るほど数学上の重大な誤りに気づくが、絶対に訂正する気はない」と語るほど満足のいく集大成としての自信が感じ取れます。

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画家活動をしています。西洋絵画を専門としていますが、東洋美術や歴史、文化が大好きです。 現在は、独学で絵を学ぶ人と、絵画コレクター、絵画と芸術を愛する人のためのブログを書いています。 頑張ってブログ更新していますので、「友達はスフィンクス」をよろしくお願いします。